Reporting the underreported threat of nuclear weapens and efforts by those striving for a nuclear free world.

A project of The Non-Profit International Press Syndicate Group with IDN as flagship agency in partnership with Soka Gakkai International in consultative
status 
with ECOSOC.

 

The United States and Russia: Warmongers and Peacemakers

|米国とロシア|共に戦争主導者であり平和構築者

Photo: President Barack Obama signs the New START (treaty) in the Oval Office, Feb. 2, 2011 - with Vice President Joe Biden on the extreme right. Credit: Chuck Kennedy (official White House photograph)【ニューヨークIDN=ソマー・ウィジャヤダサ】

核兵器の使用を明確に禁止した核兵器禁止条約が、人類の特筆すべき勝利として2021年1月22日に発効してから数日、米国とロシアが新戦略兵器削減条約(新START)の失効期日から僅か2日前というタイミングで、同条約を2026年まで延長することを決めた。

米ロ関係が厳しく敵対的なものになる中、両国が手を結んだということもまた、特筆すべきことである。

元々は2010年にバラク・オバマ大統領とロシアのドミトリ・メドベージェフ大統領が署名した同条約は、両国が配備できる核弾頭と、それを運搬する地上発射ミサイル、潜水艦発射ミサイル、爆撃機数の上限を、過去数十年で最低のレベルに抑えることに合意したものである。最も重要なことは、米ロ両国が互いの核戦力や施設、活動を監視できるようにしたことだ。

米国のアントニー・ブリンケン国務長官は、ロシアは新STARTをこれまで遵守してきたとして、「とりわけ緊張が高まっている時期には、ロシアの大陸間核兵器に検証可能な制限をかけることが決定的に重要だ。」と語った。

ブリンケン長官は、条約の延長により「世界はより安全になった」とし、「野放図な核競争は我々すべてを危機に陥れる。」と語った。

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は条約[延長]に署名して、新STARTは「ロシア・米国間の戦略的関係の透明性と予測可能性を維持し、グローバルな戦略的安定性を支持することに資する。」と指摘するとともに、「国際状況にも望ましい効果があり、核軍縮プロセスにも貢献することだろう」と語った。

条約は両国が配備する大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、戦略爆撃機をそれぞれ700基(機)に、戦略核弾頭をそれぞれ1550発に、未配備分を含むICBM・SLBM・戦略爆撃機の保有数を800基(機)に制限することを義務付けている。

 

核軍拡競争

米国と旧ソ連との間の軍拡競争は、世界が1945年8月に米軍による広島と長崎への原爆攻撃(12万9000人~22万6000人が殺害された)を目の当たりにしてから開始された。

第二次世界大戦の激しい被害を引きずる当時のソ連はまだ超大国ではなかったが、このような強大な破壊力をもった核兵器が米国の手にのみ握られている状況は、ソ連にとって看過できるものではなかった。

ソ連は1949年に核開発に成功して米国に並んだだけではなく、破壊的な戦争への抑止力として核を保有することになった。

これが、米国とソ連の間の核軍拡競争と超大国の競争の始まりであった。両国が二国間の軍備管理協定に同意するころには、両国でおよそ7万300発の核兵器を保有するまでになっていた。

それ以降は、世代全体が目前に迫る破滅の影に怯えながら生きてきた。1962年のキューバミサイル危機のようなときには、人類の生存は不可能なのではないかとの恐怖が蔓延した。

いくつかの兵器削減条約のために、核兵器の備蓄は合計1万3865発まで減少してきた。しかし、米国とロシアがそれぞれ保有する6185発と6500発の核弾頭は、地球を何回も焼き尽くすのに十分な量である。

 

軍備管理における転換点

米国とソ連との間の軍備管理協議は1963年に始まった。この年、宇宙空間・水中・大気圏内での核実験を禁止する部分的核実験禁止条約に米国・ソ連・英国が署名したのである。

1969年以降、米ソ両国はいくつかの戦略的核兵器管理協定に合意してきた。

第一次戦略的兵器制限交渉(SALT I)は1969年に開始され、1972年には対弾道ミサイル(ABM)制限条約に合意した。交渉は同年、第二次戦略兵器制限交渉(SALT II)に引き継がれたが、ソ連がアフガン紛争に関与した1979年12月に打ち切られた。

1991年7月31日、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領とソ連のミハイル・ゴルバチョフ大統領が戦略兵器削減条約(START)に署名した。同条約は、条約の定めたルールに従ったカウントの方法で、配備済み戦略兵器に関して、運搬手段を1600、弾頭を6000にまで制限することを両国に義務付けている。

ソ連の崩壊後もロシアは、困難な時にあっても推進力を維持し続けてきた。

1993年1月、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領とボリス・エリツィン大統領はSTART IIに署名した。配備済み戦略兵器の弾頭を3000~3500に制限し、不安定化をもたらす複数弾頭の地上発射型ミサイルの配備を禁止したものだった。

しかし、批准手続きが遅れる中、米国が2002年にABM制限条約から脱退して、START IIも頓挫することになった。

2002年5月、ジョージ・W・ブッシュ大統領とウラジーミル・プーチン大統領が戦略攻撃兵器削減条約(SORT)に署名したが、のちに新STARTに取って代わられることになった。

2010年4月、米国とロシアは新STARTに署名した。両国が、戦略的核弾頭を1550に、配備済みの戦略的運搬手段(ICBM・SLBM・重爆撃機)を700に、配備・非配備の運搬手段の合計を800にそれぞれ制限する、法的拘束があり検証可能な協定である。

第二次世界大戦以来、そして、両国が敵対していた冷戦期において、米国とソ連(のちのロシア)は、両国、そして世界全体に対して利益をもたらす多くの意義ある取り組みに関わってきた。

例えば、1963年の部分的核実験禁止条約、1975年に冷戦の敵手同士が軌道上で邂逅した宇宙でのアポロ=ソユーズ計画、1987年の中距離核戦力(INF)全廃条約調印、1994年の初の米ロ共同スペースシャトル打ち上げといった共同の取り組みに両国は参加しており、1995年には、米国のスペースシャトル「アトランティス」がロシアの宇宙ステーション「ミール」と宇宙空間でドッキングして、軌道上で最大の宇宙船を形成している。

これらは、(しばしば、平和構築者ではなく戦争主導国として分類される)米国とロシアという2つの敵対する超大国による画期的な道標となっている。両国は、冷戦期の合計7万発から現在では1万4000発まで核弾頭を減らしてきている。

国連は、1945年の創設以来、「来たる世代を戦争の惨禍から守る」という崇高な目標を達成するために核兵器を廃絶する努力を積み重ねてきた。

2021年1月22日に発効した核禁条約は、核兵器の使用、使用の威嚇、開発、生産、実験、備蓄を明確に禁止し、いかなる人々に対しても、またいかなる方法においても、条約が禁止している活動に対しての援助・奨励・勧誘をしないようすべての締約国に義務付けている。

国際赤十字委員会(ICRC)のペーター・マウラー総裁は核禁条約に言及して、「人類は今日、勝利を勝ち取りました。この条約は、75年以上にわたる努力の成果であり、核兵器が道徳的、人道的、そして今や法的にも容認できないことを明確に示します。この条約をきっかけに核弾頭にはさらなる烙印が押され、法的な障害が設けられます。条約によって、私たちは、このような非人道的な兵器から解放された世界を、実際に達成可能な目標として思い描けるようになるのです。」と語った。(02.05.2021) INPS Japan/ IDN-InDepth News

※ソマール・ウィジャヤダサは国際弁護士。スリランカ大学(1967~1973)、各種の国連機関(IAEA、FAO:1973~1985)に在籍、国連総会に対するユネスコ代表(1985~95)、国連合同エイズ計画(UNAIDS)代表(1995~2000)を務めた。